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交差点にさしかかったとき、私を呼ぶ琴音の声に目を泳がせた。
細長いケースを大事そうに持ち、顔を高揚させている琴音がいた。
<ママ>
その隣には、夫、結城の姿があった。
彼の視線は佐倉に釘付けになっていた。
<やっぱりあの子は、僕の子だね>
琴音が大事そうに抱えているケース、その中身は間違いなくフルートだ。<それは…>
私は佐倉に琴音を奪われる悲壮感に襲われていたそのときだった。
青信号になるや、琴音は横断歩道に飛び出した。そこに猛スピードでトラックがキキキと車体を傾けながら曲がってきた。車高の高いトラックには小さな琴音の姿など見えてはいなかっただろう。<琴音!>
私は正視できずに顔をそむけ、周囲の悲鳴だけが耳に届いた。
その中に子供の泣き声に私は奇跡を信じて目をあけた。
見ず知らずの人たちがトラックの車体の下を覗きこんでいた。
<子供は無事だ>
その声と同時に泣くこともできない呼吸すらまともにできない琴音が引きずり出された。
しっかりと楽器ケースは抱えたまま。
琴音は血にまみれていたもしやと目線をずらせどトラックの下からは、血溜まりがみるみる増えていく。
<あなた!>
私はショックで失神してしまう。
情けないことに親子三人で救急車のお世話になる琴音は集中治療室にいた夫は、地下の遺体安置室で冷たいなっていた。
<残念ですが、ご主人は…>
最後まで救命医の言葉は聞けなかった。
夫はトラックに琴音をかばい衝突し、車体の下に巻き込まれ何メートルにもわたり引きずられた。折れた肋骨が内蔵を食い破り、失血死だという。娘が無傷だったのが不思議だという。
おそらく、楽器ケースがアスファルトとのガードになり、父親に守られたためだろうと。
またもやフルートだ。
だがそのフルートのせいで結城は死んだ。
自分の子が産まれようとしているのも知らずに。私は憎しみをどこにぶつけたらゆいかわからなくなっていた。
琴音さえも煩わしく思いはじめていた。
だが琴音を奪われる恐怖にもおびえてもいた。
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