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「また、噛んでる」
柔らかい声が近くで聞こえ、美雨はゆっくりと目をあける。
窓の近くでチラチラと人影が動いている。
いつの間にか部屋の中の景色が明るくなっていて、これは、単に色彩の問題ではなく、朝岡のもつ雰囲気に『色があると』いうことなのだろう。
「朝岡さん。いい匂い。」
声と同じような、甘い柔らかい匂いが美雨を優しい気分にさせた。
「そう?忙しくて、汗くさいわ」
わざとしかめっ面をしながら、朝岡が美雨の横に座る。
「ああ。まだ二週間なのにボロボロね……。噛むのを止めないと、爪がかわいそうだわ」
美雨の手を見ながら、朝岡がため息をついた。
「止められないの?」
じっと覗きこまれて、少し居心地悪く感じながら、美雨は心の中で答えた。
爪を噛むことを?
言葉を渡すことを?
眠りの提供を?
窓の外の雨は、美雨の気持ちに呼応するかのように、激しくなった。
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