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そう、これは、夜だ。
世界が、夜になった。
辺りは暗く、日中の暑さを忘れた草原が、ただ涼しい風に流れる。晩夏にさしかかった草原の奥からは、蝉の声に混じり、ぽつぽつと鈴虫やコオロギの鳴き声が聞こえてきた。
そうだ、これが、夏だ。暑いだけじゃなく、この夕涼みこそが、しみじみと香る虫の声こそが、夏の醍醐味じゃないか……。
俺は、夏を、味わった。
月光と虫の音は、俺の中でいつまでも映え続けた。
――こんな音響、聴いたことがない。音で景色なんて、見たことがなかった。今までダンスなんて、全く興味を持たずに過ごしてきた自分が、情けない。
ダイナミックで、綺麗で、余りにも魅力的な姿が、自分とは遠くに在った。知らなかった自分が、本当に、小さく狭く思える。
いつの間にか、手が奮えていた。そして、熱くなる目頭。湧いてくる涙が、抑え切れなかった。
――これは、何なんだ?
流れる涙を拭い、ゆっくりと、焦点を舞台の上にある看板に移す。そこには、やたら古風で、しかも華々しさを感じさせる、大きな五文字があった。
片仮名で。
【フラメンコ】
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