～誘拐温泉旅館～

温泉旅行に涙はつきもの

米沢が口から血を出しても、前歯が折れるような音がしても。
それでも海斗は殴るのをやめない。
「！？海斗さん！？」
「きゃ…え！？遊里さん！！」
遅れて追いついた優が事態を飲み込めないまま海斗を止めようと駆け寄る。
早苗はぐったりとした遊里の横に膝をつき、震える手で腫れてない方の頬を叩いた。
「海斗さん！待って…死んじゃいます！これ以上やったら死んじゃいます！！」
海斗の脇の下から腕を入れ優が必死に米沢から海斗を引き離そうとする。
しかし、海斗の力があまりに強く呆気なく後ろに飛ばされてしまった。
「痛っ！…海斗さん！！」
「それ以上やったら遊里さんが悲しみます！！！！」
早苗が叫んだ一言に、ようやく海斗の体が止まる。
安心してため息をついた優が海斗の隣りに行き、そして目を疑った。
「海斗…さん…？」

ﾎﾟﾀﾎﾟﾀと海斗のｷﾚｲな頬を伝う涙。

力なく腕を垂らしたその顔は、無表情なまま米沢を見下ろしていた。
「海斗さん…。」
ぎゅうっと胸が掴まれたように痛い。
優は自分の胸を押さえ、辛そうに顔を歪めた。