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「こんなに深く2人が望んでいる道を…選ばせてやりませんか?そっと見守ってやりませんか?…お母さん。」
「……」
母親はすっかり俯き肩を震わせている。
その瞳からはポロポロと透明な雫が伝っていた。
その肩を、早苗の父親がそっと抱く。
……彼女は華道の家元として生きてきて、きっと想像も出来ない苦労をしてきたのだろう。
だからこそ娘には苦労の無い安定した人生を歩ませたかったのかもしれない。
おそらく分かっていたはずだ。
2人の想いが本物だという事は。
でもどうしても…娘に苦労や後悔を背負わせたくなかった。
母親の強い想いに、私も目頭が潤んだ。
それまで声すら聞いた事がなかった父親が、静かに口を開く。
「…君は…私を選んで後悔をしただろうね。お金もない…なんの取り得もない。家元の夫としても相応しくはない。…それでも君は私を選んでくれた。私は君を今でも愛しているよ。」
「あな…た…?」
頬を伝う涙を拭おうともせず、母親が父親の顔を真っ直ぐに見つめた。
視線が交わったその時、父親は優しく微笑み妻の細い手を握る。
「きっと優君も、私が君を愛したように早苗を愛してくれる。生涯、命をかけて守ってくれるよ。」
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