身籠る

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「…九十九君?九十九君?大丈夫?」 弥生が僕を覗きこむ。その顔は歪んでいなかった。どうやら彼女には僕が放心しているように見えたようだった。否、僕自身が気付いてないだけで、他人から見れば放心しているようにしか見えなかったのかもしれない。彼女は僕にもう一度、大丈夫?と尋ねた。 「あぁ、大丈夫だよ。」 僕がそう応えると、弥生は少し心配そうに、そうと言った。そして、弥生は腕時計で時間を確認すると、 「ごめんね。変な話をして。私、そろそろ帰らないといけないから。」 そう言って弥生は立ち上がった。弥生につられるように僕も立ち上がる。 支払いを済ませ、喫茶店を出た頃には少し暑さは和らいでいた。僕は彼女に別れを告げると、自分のアパートへと少し重い足取りで歩き始めた。 「九十九君!!」 彼女の声で振り返る。 「九十九君、私も聴いたの。お腹の中の赤ちゃんの声。」 そう言った彼女の顔は逆光で僕には見えなかった。
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