序章

2/3
前へ
/806ページ
次へ
何が起きたのか分からない。 ほんの十数秒前まで、長き旅路の果てに歴戦を築き上げてきた仲間共に、魔王と対峙していた事は間違いない。 だが霞んだ視界に映るのは、先程の勇姿の面影を微塵も残さず、操り手の失せた傀儡のように横たわる彼等であった。 瞳孔が開き、鮮血を垂れ流すその身体は、盟友達の生の可能性を否応なしに否定してくる。 混乱で狂いそうな頭で辛うじて理解できるのは、今のは魔王によるただの一撃だということ。 一瞬、まばたきをする暇さえ与えない。それほど呆気なく目の前に広がる凄惨な状況が作り上げられてしまったのだ。 「何だ…… この力は……!こんなの、桁違いじゃないか……!」 塵粉立ち込める中、頭から夥しい量の血を流しながら一人の男が覚束ない足に鞭を打ち、やっとの思いで立ち上がる。 その装備や外見から勇者と思しきその青年の、まるで天に輝く星々の様に光明を見せていた長い髪は砂塵で薄汚れ、その加護を失ったかの様に煌めきを失っていた。 そして、痛みすら感じない右腕をまだ辛うじて動く左腕で押さえながら、その圧倒的な魔王の体躯を既に戦意など消え失せた瞳で見上げる。 幾億の年月を重ねた雄大な岩山の様な玉座に座してなお見上げるのが困難な巨躯に、きっとここが屋外ならば太陽の光を完全に遮ってしまうであろう広大な漆黒の翼。 深い暗黒を宿したその瞳に見入られただけで、まるで本来そこにあるべきであったかのように、魂がその瞳に吸い込まれそうになる。 魔王に攻撃される前に、自分を含めた仲間がそれぞれが戦いの果てに極めた自身の最強の奥義を絶え間なく、一切の慢心を持たずに連続で魔王に食らわせたはずだ。 なのに体はおろか、体を覆う衣服にすらほつれ一つ見当たらない。 その青年、勇者ゼルフェスは今までに体験したことのないような虚無感と、まるで自分の足が地に接していないかのような奇妙な浮遊感に襲われる。 これを、この感覚を絶望と呼ぶのだろうか。 ゼルフェスは腹の奥から絶望と共に湧き上がる胃液を抑えきれず、そのまま地面に吐瀉した。 しかし、腹の中の物をぶちまけようとも絶望だけは弛む事無く彼に纏わりつき、その心を更に深い闇へと落とし込む。
/806ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5239人が本棚に入れています
本棚に追加