平安の都

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「…だぁ゛~!!メンドくせぇッ!!」 自棄になってバシャリと乱暴に水を弾かせた。 ひたすら布を板にこすりつけるその行為は、彼にとって苦痛でしかなかった。 何枚も何枚も片づけているのに、この行為は終わりそうもない。汚れも落ちやしない。 でも住職の言いつけだから、きちんと洗濯しないと飯抜きになってしまう。居候の身の上、文句は言えないのだ。 飯抜き…それだけは勘弁だ。 ただでさえ小柄な体躯なのに、成長期の糧をも絶たれたらどうしようもない。 少年は、ジッと空を睨んだ。 恨めしいほどに空は晴れ渡っていて、まさに洗濯日和。 突き抜けるような空の青と目が覚めるような山々の緑、涼やかな川のせせらぎ──こんな美しい自然に囲まれていたら、雅を愛する都人は歌でも詠むのだろうか。 農民たちは、天気が良い内にと田仕事に精を出したりするのだろうか。 己には生きる楽しみも、意味も見あたらなかった。 寺に預けられた自分は身分も定かではなく、まるでこの世の分類から外れたみたいで惨めに思えた。 「…くだらねぇ。」 こんな平和。 何の意味があるってんだ。 生きている実感もなく、ただ息をしているだけじゃないか。 「おや?何がつまらないんデスカ、遮那王様?」 見上げていた瞳に、逆さまに人影が映った。 逆光で顔が見えない…いや、目を凝らして見れば、その人は顔の上半分が仮面で覆われていた。 「誰だ?お前。」 知らない男だった。 仮面だけでも怪しいというのに、黒一色の身なりをしていてさらに怪しい。 訝しげな視線を送ると、仮面の男は唯一表情が見て取れる口元を歪めた。 「アタシは吉次と申しマス。遮那王様を誘拐しに参りまシタ。」 そして、『にたり』といういやらしい笑い方をした。 「…はぁ?何を…──」 「よいしょっとぉ──」 「ってオイ!!何担いでやがる!!」 俺の抵抗なんかお構いなしに、仮面の男は悠々と俺を担いだ。 ジタバタと抵抗しても、荷物のように肩に担がれてしまってはどうしようもない。 力には自信があったのに、こいつは俺以上のバカ力の持ち主だった。 「…情けねぇな」 仮面の男に気づかれないよう呟く。 16歳にもなって肩に担がれてしまう小柄な体型を恨んだ。 もう、いい。 なるようになれ、だ。 この生き地獄のような生活から抜け出せるのなら…何処へなりとも連れてってくれ。
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