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二人の間にしばらくの間があった。
堪えきれずに吹き出したのは遮那王だった。
「…源氏の嫡流?ぁははっ!!俺はただの寺の稚児だぞ?」
そんなこと信じられるはずがない。
物心ついた頃には、稚児として雑務に追われる毎日だったのだから。
出自どころか、誰が父で、誰が母かも知らないのに──
そう考えたとき、突然脳裏に人影が浮かび上がった。
もやがかかったようにはっきりしないが…これは過去の記憶だろうか?
─誰かがすすり泣く声が聞こえる。
─泣かないでと手を伸ばすけれど、自らの幼い手はあと少しで届かない。
─俺の手を握り返して、必死に微笑むのは、母上…?
─馬蹄の音と甲冑が摺れる音がする。
─誰かの大きな手が、優しく俺の頭を撫でた。
─あぁ、心地よい…
「…牛若丸様?何か思い出したことでモ?」
吉次の声でハッと我に返った。
今のは、父と母の記憶なのだろうか。
これまで一度も思い出したことなどなかったというのに。
親などいないと思っていたのに。
なぜ、今更この瞬間に「都合良く」思い出すのか。
遮那王は多少の混乱をしながらも、つとめて冷静に言葉を紡いだ。
「いや、何でもない。…吉次、俺が源氏の嫡流だという証を示してみろ。さもなくば、そんな戯れ言は信じないからな。」
フンと鼻で笑いながら遮那王は言い放った。そして、長い話になるとふんだのか、近場の岩に腰を下ろした。
「妖怪に誘拐されても怯えないその器量こそ、板東のもののふの証と言いたいところですガ…それだけでは納得いただけませんカ?」
吉次はひざまずいたまま、顔だけを遮那王に向けて困った顔をする。顔といっても口元をへの字に曲げていることしか見てとれないが。
しかし、遮那王は片眉を上げるだけ。
「俺は気が短いんだよ。…分かるよな?」
吉次は逡巡した。
『手短に話せ』
というのか。
いや、
『下手な御託はいいからそのおもしろそうな話を聞かせろ。俺を退屈させずにな。』
という意味なのか。
──妖怪相手に中々肝の座った御仁だ。
「良いでしょウ。それでは…──」
吉次はまた、にたりと笑った。
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