はじまりのはじまり

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「暑がりのくせに長袖なんて着るから」 「なっ!アズうるさいよっ!」 心を読んだかのようなコメントに、英絵は思わずピアノイスに腰掛ける友人、滝本梓に食って掛かった。 無論、立ち上がる力もないので床にへたったままではあるが。 「アズはいーよねっ。ピアノは座って弾けるしさ!」 その言葉を聞いた途端、梓はその大きな瞳で英絵の姿をがっちり捉え(というより睨み)、一秒も経たないうちに正面に向き直った。 今の英絵の言葉に、遂にイライラが抑えられなくなったらしく、綺麗な顔がバランスを崩して歪んでいる。 綺麗に整えられた眉も、茶色い大きな瞳も、筋が通った小振りの鼻も、赤くふっくらとした口も、顔のパーツ全てが、その心の中の怒りを表していた。 梓はその表情をキープしたまま、鞄から黒い扇子を出して扇ぎだした。 どうやら英絵に、今私は不機嫌だ、という信号を送っているらしい。 「そんなこと言うならハナも座れば?ヴァイオリンは立って弾かなきゃ駄目、なんて決まりはないし」 それを私のせいにするわけ? 英絵の方を一度も見ずに、梓は諭すように正論を返す。     
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