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悔しそうに眉を寄せる英絵に、梓は内心、あんたは阿呆かと呟く。
(本当集中力ないな………)
梓はふと視線を下げて楽譜の隣に置いた自分の腕時計を見やると、午後2時から午後の練習を始めてから、まだ2時間弱しか経っていない。
梓が英絵の伴奏をし始めてからもう5年目だが、未だ英絵は全てのことに関して、長い時間集中することが苦手だった。
(どうせ明日もするし、今日はこの辺で止めとくかな。
でも、それにしたって……)
今日は朝から一段と集中力が欠けていた。
いくら暑いといっても、所詮はまだ五月である。こんなに練習に支障を来すことなど有り得ない。
(他に何か原因でもあるの……?)
梓は軽く息を吐くと、視線だけを動かす。そして、未だ床に座り込んだままの英絵をそっと覗いてみる。
まだ悔しそうな顔をしている英絵を見る梓の表情は、困ったように眉を寄せてはいるが、さっきの怒りを露にしたときとは違い、小さい子供を愛でるような優しい目付きだ。
梓自身、この僅かな変化に気付いてはいない。
何だかんだいって、梓も英絵が結構好きなのだ。
(……まあ適当に吐かして、今日のところは終わるかな)
適当に、というのが何とも酷い言い方だが、強い言葉遣いも含めて、それも彼女なりの英絵に対する愛情表現だ。
…………そうであってほしい。
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