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僕と■ちゃんは、田んぼに挟まれた道路の上を並んで歩きはじめた。
「それにしても、どうしてあの距離から私だって気づいたんですよ?」
いつも通り変な日本語で、■ちゃんは僕に尋ねる。だがこの前、うちの地域の作文コンクールの中学部門に関する地方新聞の記事で■ちゃんの名前と作文の題名が『佳作』という文字と一緒に掲載されていたのを見たため、日本語力は並以上のはずだ。納得はいかないが。
「実は僕の視力はマサイ族並だったのさ」
「それ、嘘ですよ」
「・・・まあ確かに、嘘だよ」
どうでもいい嘘は見抜くんだね、■ちゃん。
「いや、去年もこんな感じだったじゃない。夏休み直前の日に、ここらへんで■ちゃんが待っててさ。あのときも麦藁帽子とワンピースだったでしょ」
「●先輩が夏休みにお爺さんのところに泊まりに行くなんて、耳寄りな情報を私が有効活用しないなんて有り得ないんですよ」
ふん、と■ちゃんは腰に手を当てて誇らしそうに鼻を鳴らす。
「そしてワンピースと麦藁帽子は夏の少女の基本装備ですよ!」
それには賛同の意を表したい。
「何で僕が毎年夏休みに祖父さんの家に泊まるのを■ちゃんが知ってるのかなあ」
「●先輩が去年自分で言ってたんじゃないですか」
何やってんだ去年の僕。
「去年は一緒にお泊りするのを断られたけど、今年こそは――――ですよ!」
頭葉が茹っているとしか思えない譫言を吐きながらその場でくるくると■ちゃんは回る。
溜息をつく僕。
自転車を押す手が重くなった気がした。
「だめだよ■ちゃん」
僕は呆れながらそう言う。
「■ちゃんの・・・・・・家族が心配しちゃうよ?」
・・・・・・。
■ちゃんに、家族の話。
禁句だけれど。名前を呼ぶのと同様、僕だけはその話を許されている。
「――――はぁい、ですよ。●先輩」
スピンを止めてそう答える■ちゃんの顔は、能面だった。
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