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「遅れちゃって、ごめんなさい!」
不意に出入口の扉から声が聞こえた。美加ちゃんが来たのだ!
美加ちゃんは、息を弾ませている。きっとここまで走って来たんだろう。
美加ちゃんは小首をかしげながら、俺に尋ねる。
「ワタル君、怒ってる?」
「いいや、全然怒ってないぜ」
こんな可愛い笑顔を見せられたら、地獄の閻魔も顔を緩めるに決まっている。
「それより、何があったの?いつも時間にだけは正確な美加ちゃんが、待ち合わせに遅れるなんて」
「こらっ、『時間にだけは』っていうのは余計だぞ」
ははっ。美加ちゃんのふくれた顔も可愛いなあ。
「実はね、男子たちが…」
美加ちゃんは少し困った顔で話を続ける。
「男子たちがいっぱい追いかけて来たの…」
「ど、どうして!?」
「この…このね、胸のカーネーションの花と第二ボタンを…」
「取り替えてくれって!?」
そうだった。俺の学園では、卒業式に男子の第二ボタンと、女子のカーネーションを交換し合うのが恒例になっていたのだ。
その類いのイベントが嫌いな俺はすっかり忘れていた。失態だった。
俺と違って、美加ちゃんはこの学園のアイドルなのだ。きっとたくさんの色情魔たちに、ホラー映画よろしく追いかけられたに違いない。
「大変だあ!!俺がいない間に、美加ちゃんは追いかけまわされた挙げ句、あんなことやこんなこと、最後には美加ちゃんまでも奴らに操られ…」
「はい、ワタル君、落ち着いて」
…美加ちゃんのことになるとすぐパニックになるのは俺の悪い癖だ。
「それで、大丈夫だった?…ごめん、俺が付いていてあげれば良かった」
「ううん、いいの。みんなを傷つけたくなかったんだけど、ちゃんと謝ってきたから」
「なんて言って?」
「カーネーションをあげたい人は決まっているから、ごめんなさいって」
「ふぅん、で、『あげたい人』っていうのは…」
俺はわざとらしく尋ねた。
「ふふっ。決まっているでしょう。ワタル君、あ・な・た・よ☆」
「…」
こう、面と向かって言われると返す言葉もない。
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