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雨が地面を打ち、世界を包み込む音。
雨が傘を打ち、僕を責め立てる音。
僕が走り、靴底で濡れた芝生を蹴る音。
数え切れない音に囲まれて、僕はうきうきしていた。
失ったと思っていた音の世界に舞い戻り、興奮と新鮮な喜びに満ち溢れ、雨の中をひた走った。
昨日の朝から激しい頭痛と耳鳴りに見舞われ、それと同時に、少しずつ聴覚を取り戻していった。
今も完全とまではいかないが、近くの音や声を聴く程度には支障はない。
「響くん、ちゃんと来てくれたんやね」
最愛の人の声が聞ける。
それだけで、僕には十分だ。
「ほらね。やっぱり、可愛い声だ」
「え?響……くん?」
戸惑う梓の頭上に、僕は傘をかざした。
「こんな可愛い声、初めて聞いたよ」
夏目先輩のように派手なことをし続けたわけでもない梓が、何故夏目先輩のように【学園のアイドル】と呼ばれるようになったのか。
小西先輩の妹であることと、日本人離れした可憐な容姿によるところが大きいと思っていたが、どうやらそれだけじゃなかったらしい。
この、一言で誰をも魅了してしまうような美しい声があったからこそ、梓は【学園のアイドル】の座を勝ち得たんだと思う。
つまり、この声を聞いて僕は惚れ直したってこと。
「響くん、もしかして……」
一つの傘の中、至近距離にいる梓を、僕は抱き締めた。
「聴こえるの?響くん」
僕に頭を抱えられたまま、梓は言った。
「うん、聞こえるよ。聴こえるように、なったんだ」
もう、口を見なくても聞こえる。
こうして抱き合ったままでも、話ができるんだ。
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