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「本当……だ。通じてる。響くん、耳聴こえるように、なったんだね」
梓の腕が僕の腰に回され、ぎゅっと力が入るのを感じた。
「何で?どうやって、聴こえるようになったの?」
梓の声は、微かに震えていた。
それが喜びから来る震えだと分かるから、僕にはその問いかけが嬉しかった。
「えっと……気合い……かな」
「ふふっ、そっか。気合いがあれば何でもできちゃうんやね。さっすが響くん」
「うん。詳しいことはまた後で話すよ。今はとりあえず、校舎に戻ろうか。このままじゃ風邪引くからね」
梓の濡れた髪を優しく撫でると、梓はゆっくり体を離し、顔を上げた。
「う~ん、名残惜しいけど、仕方ないね。今日の放送さぼっちゃったし。時間過ぎてるけど、放送室行った方がいいかな?」
「それが良いよ。僕もちゃんと聴いてるからさ」
僕がそう言うと、梓はニコッと、超素敵笑顔を僕にくれた。
僕も笑顔で返し、そうして二人で笑い合いながら、僕らは雨の中を歩き続けた。
結局、僕はこの日梓に告白をしなかった。
理由はいくつかあるけど、一番大きいのは、今日の天気だ。
梓に告白するなら、やっぱり清々しい晴れた日がいい。
青空の下、大声で梓への愛を叫びたい。
この雨が上がり、分厚い雲が去り行くまでの間は、梓の声をじっくり堪能することにしよう。
今まで聞けなかった分も、しっかり脳裏に焼きつけるんだ。
それと……もう一つ、やることがある。
「ねぇ、梓」
「ん、何~?」
「今日、小西先輩に会いに行ってもいいかな?」
「え?いいけど、何しに?」
飛びっきりの笑顔で、僕は答えた。
「『いつかあんたを越えてやる』って、言いに行くのさ」
雨はすぐ、止む気がした。
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