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さて、定刻前から貯水タンクの陰に隠れて、俺としては待ち時間を花火大会の夜の延長戦とばかりに乳繰り合ったりして有意義に過ごしたかったのだが、奈緒の動向で頭がいっぱいらしくて厳しそうな面持ちをしているモモに手を出しかねて虚しく時を費やすことおよそ一時間、どうやら見とがめられることなく無事にここに辿り着いたユウキくんが現れ、少し送れて、奈緒が多分におどおどした物腰で登場した。
近づく奈緒の足音に気づいて、ユウキくんは緊張してこわばった面持ちの顔を上げた。
どんよりと湿った熱い空気を伝って、奈緒とユウキくんの会話が聞こえた。
「ユウキさん……ですよね……」
奈緒が上ずった声音を発した。
「……そうだけど……」
なぜか……ぶっきらぼうに答えるユウキくんの顔に失望の翳りが浮かぶのを、モモと俺は見てしまった。
「あの……これから……お付き合い、幾久しくお願いします……」
奈緒にはユウキくんの表情の変化を読み取るだけのゆとりはないようで、あらかじめ考えていた段取りに従って、威儀を正して深々とお辞儀をした。
奈緒が描いていた理想の式次第では、ユウキくんがこれに応える形で二人のスイートでエロエロなお付き合いが始まるはずだったのだが……。
ユウキくんは口を「への字」に曲げて、視線を逸らせながら、気だるそうに言った。
「あのぉ、申し訳ないんだけど、なーにゃんさんと付き合うの、やめときます」
ここからでは奈緒の背中しか見えないのだが、おそらく相当唖然とした表情をしていると思う。
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