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国の中枢都市から大分離れた草原にある高い岩山の上に、男が立っていた。
彼が見下ろす先には、緑の草原が広がっているはず――…であったが違った。
黒い。
一面真っ黒で、よく見るとうごめいている。
男は微かに眉を寄せると、無言で指を鳴らす。
その瞬間、一面真っ黒だった草原の中心に大きな氷の塊――…
否、巨大な氷で出来た薔薇の結晶が出現し、
その薔薇の結晶から伸びた何本もの蔓が強靭な棘で、うごめく黒いもの――…魔物を締め上げた。
彼が指を鳴らしてから一瞬の出来事だった。
「任務完了。戻るか」
その男――…否、その少年は金のラインと背中に銀の薔薇の描かれた純白のローブを翻し岩山から飛び降りる。
フードを目深に被っており、顔はわからない。
少年は右手を前に突き出した。
すると何かが軋む音がして、少年の右手には一輪の薔薇が現れた。
透き通った氷の薔薇が。
美しいその薔薇を地面に置くと少年は、転移、と言って姿を消した。
少年が去った草原には、巨大な氷の薔薇と赤く染まった蔓が残った。
恐ろしく、美しい光景。
パリンッ、と高く綺麗な音が響く。
少年が置いて行った一輪の氷の薔薇が急に砕けると、巨大な氷の薔薇も一瞬で砕けた。
粉々になった氷に太陽の光が乱反射し――…
まるで消してしまった命へ、せめてもの償いの様に、祈りの輝きは美しく散っていた。
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