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「惰性には違いない。僕らは惰性で生まれて惰性で死ぬんだ」 僕は述べる。 「その通りだよ。それも普遍の真理だ」 「水が百度に到達すると沸騰するのと変わらないってことかい?」 「おそらく変わらない」 彼は素早くそう言うと、合法薬物として有名な煙草をふかす。そこにはマリファナを遺伝子操作でうまいこと基準値を下げた黄色い気味の悪い葉がふんだんに含まれている。 煙は普通の煙草より少し黒い。灰色に近い色をしている。僕はその煙が浮かんで消えていく様を意味もなく凝視する。何かが消えていく様はいずれにせよ無情である、と僕は感じる。 それから店内ではバンド演奏が始まった。ジャズのバンドだ。南米から来たバンドの男たちは背が高く、顔が小さい。ウェーブがかかった黒髪がふわりとゆれている。顔が白色ならスペイン人かイタリア人に見えそうだった。しかし彼らは褐色の肌で身を覆っていた。 「なあ、解脱してみないか?」 隣の男はきいてくる。 「僕には釈迦のような根性も崇高なる人生観もない。惰性に生きるならそれでもいい。苦しんだって苦しまなくたって死ねば一緒だろ。何も残らない。風と暗闇の中を漂うだけさ」 僕は言う。バンドは丁度サックスソロに入り、ボーカルの男性が客を煽っている。一種のアジテーションみたいに見える。
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