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「何も涅槃に修業は必要ないさ。必要なのは絶望と希望の均衡を量ることさ」 「絶望と希望の均衡?」 僕は怪訝な顔をしてきく。 「ああ。プラスマイナス0にするってことさ。これはつまり希望の消滅を意味する」 彼は灰色の煙を慣習的にはきながらそう述べる。続いて、 「AはBである。BはCである。故にAはCである。……アリストテレスの三段論法は知っているか?」と僕にきいてくる。 僕は機械的に頷き、ビールを嗜む。 「なら話は早い。希望があるから絶望がある。絶望があるから苦しみがある。故に希望と苦しみは表裏一体である」 彼はそう述べて煙草を吸いきる。銀色に光るステンレスの灰皿にそれを力強く押し付けると、条件反射のように煙が消えてしまう。煙草の先端はぼろぼろに広がり、哀愁を訴えているように感じる。 バンドの演奏は加熱していた。ギターを弾いていた色の黒い男は上半身裸になっていた。その乳頭の辺りには痛々しい傷痕がある。それは南米から来るミュージシャンには稀なことではなく、結構皆どこかに傷を持っていた。というのも、向こうではドラッグパーティが盛大に行われ、そこでは喧嘩やレイプが頻繁に起こるらしい。 その被害者はミュージシャンだって例外ではない。 「……つまり君は希望自体を無くせ、と言いたいんだね」 僕はきく。
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