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「そういうことさ」 彼はにやりと笑う。 「でも、それなら少しパラドックスになっているよ」 「どういう風に?」 「希望を無くすという希望が存在することさ。それだって絶望の範囲内だ」 僕はそう言ってビールジョッキを空にした。ビールを絶えず処理していた口内が酷く臭いのを自覚する。 「違うよ。絶望の範囲内ではない。解脱には程度がある。 つまりレベルのようなものがあって、完全に修得できなくともある程度はできるようになっている。そんなものだよ。だから失敗が存在しえない。 絶望はないんだよ」 「ふうん」 それから僕は出来の悪い赤ワインを注文して煙草をくわえた。隣にいる彼は「お前もこいつを吸うか?」と合法薬物を勧めてくる。僕は適当に断ってメンソールの煙草を吸った。 いつの間にかバンド演奏は終わっていた。店内にはまた綺麗に録音されたジャズとクラシックが交互に流れる。ギターの音やピアノの音が鼓膜を通じて僕の脳まで忍び寄ってくる。いつしか音は海馬に蓄積され、自動的に再生されるようになった。 「なあ、お前はどういう人間だ?」 隣に座っている男が僕にきく。 「普通の大学生だよ」 「普通の大学生はこんなとこ一人じゃ来ないさ。ここに来るのは社会の屑か芸術家かどちらかだよ」 彼はそう言って僕の目をじっと見る。黒くて虚ろな目をしていた。 「小説を書いているんだ」と僕は呟く。 「やっぱり。芸術家だな」と彼は静かな笑みを見せる。
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