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風の強い、春の日だった。
日差しだけがぽかぽかと温かく、しかし、吹く風は冬のそれのように一片の容赦もなかった。
3月3日。
お雛様の日であると同時に、女子校では卒業式の日でもある。桜の花びらが舞っていれば、さぞ感動的な卒業式だったろうが、頭上で未だ色をつけない桜の木が、寂しげに枝を震わせているだけだった。
「なあに、話って」
幹に身体を預けながら、日出子は私を見て目を細めた。足元には通学鞄が置いてあり、卒業証書の入った黒筒も、先ほどまで胸元を飾っていた造花も、その中に無造作に突っ込まれてしまっている。卒業式の余韻もなにもない。そんなところも彼女らしいといえば、彼女らしいけれど。
軽く足を交差させて、風に弄ばれる髪をそっと指で押さえる彼女の仕草に、思わず見惚れる。いつだって彼女は愛らしく、そして時折ぞっとするほど妖艶だ。――欲目もあるかもしれないが。
「それで、どうしたの?」
鈴の鳴るような声に、現実に引き戻される。日出子が首を傾げてこちらを見つめていた。彼女の手には、小さな紙切れが握られている。卒業式の最中に、私が彼女に渡したものだ。話があるから、式が終わった後、桜並木の下に来て、と書かれた紙をひらひらと振りながら、日出子は微苦笑した。
「こんなふうにわざわざ呼び出さなくても、帰り道で話せばいいじゃない」
「そ……そういうふうに話すのは、嫌っていうか……」
「ふうん? まあ、嫌いじゃないよ、こういうの。なんとなくロマンチックだし」
そう言って日出子は、胸ポケットに紙切れを入れた。幹から身体を離し、くるりと私に向き直る。
「それで? ロマンチックに私に言いたいことってなあに?」
からかうようにそう言って、日出子はくすくすと笑った。彼女はいつも意地悪なことを言う。
顔に熱が集まるのを感じながら、私は大きく息を吸った。
「す……。あの、」
「うん」
「……えっと…………」
「……」
「…………好きだ」
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