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「うーん。じゃ、この数式は?」
5m四方位の小さな部屋で
ビーバー顔の医者は
溜め息を吐きながら
ホワイトボードを指差した。
「えーっと…、9…、ですかね?」
ビーバー顔の医者が
指差した先には
因数分解を利用した
簡単な数式が
丁寧に描かれていた。
「正解だね。うん」
ビーバー顔の医者は
ニコリと笑い、僕の
正面の椅子に腰を
下ろした。
「意味記憶は大丈夫みたいだね。エピソード記憶だけが抜け落ちてるみたいだ」
奇妙な感覚だ。
どこでどう習ったかも
分からないのに、知識
だけはある。
頭に別の人間が
住んでるみたいだ。
「まぁ確実とは言えないけど、多分何かのきっかけで思い出すだろうから、それまで気長に待つしかないね」
ビーバー顔の医者は
胸に差してあるボールペン
を手に持ち、ファイルの
中のカルテ(多分僕の)
にドイツ語でサラサラと
何かを書き始めた。
「あの…?」
「ん。もう良いよ。美鶴くーん。終わったよー」
ビーバー顔の医者が
そう言うと、出入り口から
待ちくたびれたという顔の
美鶴さんが入ってきた。
「お疲れ様。夏樹くん」
僕の後ろに周り、車椅子を
押す美鶴さんは既に私服に
着替えていた。
ナース服と違って
かなり大人っぽい格好で
どう見ても美人である。
あ、日本語がおかしい。
とにかく、美人という
言葉以外思い浮かばない。
「すいません」
「ん?何が?」
美鶴さんはポカンとした
顔で僕を見た。
「いや、もう帰るんですよね?仕事外で僕の世話なんかしてもらって」
「あぁ、それね」
美鶴さんはクスリと笑い
「大丈夫。今日は夏樹くんの病室に泊まるから」
「……………え?」
今度は僕が驚く番だった。
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