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そこからが大変だった。
母の機転で休学対象になっていた弘樹は留年こそしなかったものの、学力の低下は著しいものがあり、数学など特に壊滅的な出来栄えで頭を悩ませた。
ノートを書いているときも、うっかりカルナイン語で書いたこともある。
また、突然炎の能力が使えなくなっていたことも友人らを驚かせた。
まさか異世界で魔王と戦っていたなどと言えるわけも無く、理想世界での出来事は誰にも喋ることなく今でも胸の奥に仕舞ってある。
夕陽を眺め終えた弘樹は私室で休んでいる師範、天神定綱に挨拶をして道場を出た。
かつて剣を学んだ天神一刀流道場は、今では弘樹が師範代となって門下生たちを鍛えている。
こちらの世界に戻ってから師範の容態が気になった弘樹が挨拶に行き、以前に卒業させたときとは比べ物にならぬほど大きな人間となっていたことに驚いた天神は、道場の一切合財を弘樹に託すことにしたのだ。
しかし、さすがに弘樹は道場に住むことだけは辞退し、今でも住み慣れた自宅に暮らしている。
バスに乗って町の居住区まで移動し、歩いて自身の家にたどり着いた。
「ただいま~」
ドアを開けて靴を脱いでいると、軽快な足音が響き、桜色のエプロンを纏う金髪翠眼の少女が出迎えた。
「おかえりなさい! 義兄さん!」
「ただいま、アリス」
彼女はアリス・ラインハルト。弘樹の義理の妹である。
弘樹が戻ってから数ヵ月後に突然イギリスから執事を引きつれて弘樹の家に訪れ、義理の妹であることを名乗ったのだ。
当然弘樹は完全に狼狽し、彼女から身の上を聞かされた弘樹は驚きのあまり目眩を起こしたのを鮮明に覚えている。
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