第3章

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 ひめは、日々、野や山にあそび、そうでないときはむらびとに乞われ、里に出て田畑を癒したものだった。ひめが、日がな小屋に籠るなどということはなかったのである。しかし、わかと夫婦になってから、ときおり、ほんの二日か三日ではあるが、ひめは小屋の奥に閉じ籠るようになった。そして、ひめが奥の間を出たときには、見事な錦(にしき)が織り上がっている。  年に二度ほど、むらに立ち寄る商人が、この錦に目を留めた。そして高い値でそれらを引き取っていった。すると、どこから聞きつけて来たものか、ほかの商人たちもむらを訪れるようになり、この錦を買い取ってゆく。  困ったことになった。  むらを訪れる商人たちは、まず、さかいの小屋に立ち寄る。さかいの小屋にとめ置かれた商人は、知らせを受けてやってきたむらびとたちに迎えられ、かれらに案内されてむらに入る。それが、これまで幾年ものあいだ繰り返されてきた、むらの倣(なら)いだった。  ところが、むらに入ったものの、さかいの小屋で仕入れた錦にならぶほどの産物が無いことを知った商人たちは、しだいにむらに入ることをしなくなった。穀物にしても、かさばるわりには、そう高い値で売れるわけではない。しかし、さかいの錦は、都にはこべば、まちがいなく高い値で売れる。商人たちは、さかいの小屋で錦を手に入れ、すぐに引き返すようになってしまったのだ。  わかもひめも、商人がもたらした金や珍物を独り占めにするようなことはせず、それらのことごとくを、むらの役に立てた。もとより「さかいの者」とは、そういうものなのである。  しかし、むらびとたちは、なかば尊びつつ遠ざけてきた「さかいの者たち」に、はじめて憎しみに似た感情を抱くようになった。
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