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ある新月の夜、ひとりの男が、里を出てさかいの丘に向かった。
男は、錦(にしき)の秘密を何としても探り出さなければならないと思い決めたのである。
それは義憤だったかもしれないし、たんなる嫉妬だったかもしれないが、いずれにせよ、男はどうにも我慢がならなくなった。そして、畏れ、忌むべきさかいの地に、こともあろうに、月明かりを頼ることもできない闇夜を選んで、近づこうとしている。
この夜を選んだのは、ひめが小屋に籠るのが、どうやら決まって新月の夜前後の数日らしいと聞きつけたからである。そして、その数日の間、わかは薬草の採取のため遠地に出かけることが多いらしい。
かすかな星の灯りだけを頼りに、男は丘を這いのぼり、小屋にたどり着き、忍び込んだ。以前、むらを訪れた商人を迎えるために、むらおさに随(したが)って幾度か小屋を訪れたことがあるから、小屋の様子はだいたいわかっている。奥の間というが、引き戸一枚に隔てられているだけだ。
引き戸の奥に、たしかに人の気配がする。
男は、そっと引き戸に近づき、ほんの少しだけ戸を引いて、中の様子をうかがった。
薄明かりの中に、横たわった女の姿がかすかに見えた。
ひめだ。
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