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ひめは、糸を撚(よ)っているでもなく、機を織っている様子もない。部屋のなかほどに横になっている。
男は、ひめがもう仕事を終えて寝てしまったのかと、すこしがっかりするとともに安堵した。家を出るときには、なにやら怒りに似た思いに勢いづいて、このような夜更けに、ひとりで、さかいの小屋に忍び込んでしまったが、小屋に入ったとたんに畏れと後悔を感じていたのである。男は、このまま小屋を出て里に引き返そうと、引き戸に手をかけた。
しかし、そのとき、男は何か異様な気配を感じ、思わず目を凝らした。
ひめの息遣いが聞こえた。荒い息に、うめくような声が混じっている。とても寝息をたてているとは思えない。様子がおかしい。
突然、闇の中に沈んでいたひめの影がおおきくうねったように見えた。ひめが喘(あえ)いだ。
男は見た。
それは、男の想念の限界をはるかに超えていた。
息をのみ、その場に腰を落とした男は、身じろぎひとつできなかった。やがて、全身が瘧(おこり)のように震えた。なんとか震える手で引き戸を閉め、小屋を這い出た。風のない夜の闇にさえ男は安堵し、ようやく息を吸った。それでも立ち上がれなかった。這いながら、さかいの丘を下り、なんとか里にたどり着いたときは、すでに東の空が白み始めていた。
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