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その男は医師である。
もっとも、この時代に医師という言葉はないから、彼はむらびとたちから「かわべのぢぢ」とか「さかいのぢぢ」とか、あるいは、ただ「ぢぢさま」とか呼ばれている。「かわべのぢぢ」というのは、北の山々の向こうからまわりこんでむらの西側を流れ下る川があって、その川すじを見下ろせるなだらかな丘に、彼と彼の妻が暮らす小屋があるからである。また、西の川は北の山から流れ下って来るあたりは急流といってよいくらいだが、ちょうどその丘から見下ろしたあたりで、いったん流れが緩やかになる。川幅も、深さも川越えにはころあいなので、外からむらにやってくる者たちや、ごくまれではあるが、むらから外へ出る者たちは、かならずそこを通ることになる。つまり、そのあたりは、むらの「境」であるので、彼は「さかいのぢぢ」と呼ばれることもあるのである。
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