第5章

4/5
前へ
/26ページ
次へ
 ひめは、着物を裂かれ、その身体のいたるところに、ひどく殴打された生々しい痕(あと)が残っている。手足には火傷も負っていた。  わかには、理由は分からないが、ひめの身とさかいの小屋に何が起こったかはすぐにわかった。むらびとたちが、小屋とひめを襲ったに違いない。そして、ひめの身体を抱き起こしたわかは、むらびとたちの暴力が、ひめの身体の表面だけでなく、その内奥にまで、とりかえしのつかない傷(いた)みをもたらしていることを知った。ひめの命は尽きようとしている。わかは、ひめをなんとか治療しようと思った。しかし、小屋は焼き払われ、貴重な薬草は採取できぬまま帰ってきた。このままでは、手の施しようがない。  わかは、ひめを背負った。里へ向かうわけにはいかない。ほかならぬむらびとたちが、ひめの命を奪おうとしたのだ。北の山には、どうしたわけか薬草がない。わかは川筋に降りて、足を南に向けた。川に沿って川下のほうに向かえば、もしかしたら…。  ところが、わかの背で、ひめが小さくささやいた。  ――北へ。  北? 北の山々もまた、命が尽きかけている。あそこには、ひめの命を救う手がかりはない。躊躇(ためら)うわかに、ふたたび小さく、しかしつよく、ひめが言った。  ――北へ。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加