1 猫をかぶった男

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「これ、新商品でしょ。営業用の資料を何でみどりさんがつついてるの?」 枝谷くんはそう言いながらみどりの前に置いていた紙を掴んだ。 「それは・・・」 目の前の画面には明らかに提案書が映し出されている。 枝谷くんはそれを見て、また眉を寄せる。 みどりはどこから話していいものか。と悩んだ。 本当はこんなことをする予定ではなかった。 終業間際、ようやく外から帰ってきた営業の望月さんをつかまえて、昨年度の顧客カードを見せてもらうように頼んだ。 みどりはこの4月から2課に配属になったのだが、昨年度の望月さんの顧客データがパソコン上でほぼ未入力になっていたのだ。 営業の担当が個人で持つ顧客カードの情報を、パソコン上で皆が共有する。 突然何が起こるかわからないし、皆がフォローできるように。 それを管理するのはみどりたち、営業事務の仕事のひとつだった。 だが、望月さんに聞くと、 「知らない」 のひとこと。 交通事故でしばらく会社を休み、ようやく出て来たと思ったら、社内ではただ机に足を上げてぼーっとガムを噛んでいるだけ。 なんとか追い立てて外に出すと、終業時間まで一体何をしているやら。 終わる頃に帰ってきてはそのまま、会社から帰ってしまう。 声を掛けると、目つき悪く見られるし、口を開けば不機嫌さを露にする。
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