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私達の間で、密かに囁かれる噂がある。私達とは、自分の仕える将軍の顔も知らない新入りの一般兵のこと。私なんて成り行きで軍に入った挙げ句に周りの人にどの将軍に仕えるの?なんて聞いて何も考えずに決めたから名前も定かじゃない。確かアリ──アル──アリカ──アルケ──そう、アルケイン将軍、だ。顔は見たことが無い。同じく新入りの人達と話していたら、私のように将軍の顔を知らない人かいっぱいいた。それはつまりよくあることなのだ。そして今、そんな私達の間で、密かに囁かれる噂がある。
「アルケイン将軍は、吸血鬼である」
噂では黒いマントみたいなのを羽織っていて、リボンがひらひらしてて、仮面を被ってて、イヤリングがお洒落、それから、やっぱり左右2本の歯がにょきっと伸びている──らしい。そして今、私達はその噂を調べるべくネクロス城をこっそりと徘徊している。一般兵なんてあまり立ち寄らない奥まった部屋、この辺りは将軍達の私室もある。だからきっと、噂の張本人も見つかる筈。そう言って、私達は壁に隠れていた。
「ねぇ、本当にいるの?そんな、吸血鬼の将軍なんて」
「おいもっと奥まで行ってみろよ」
「えっ、私が!?」
行け行け、と周りの人達に押されて前に出る。煉瓦作りの廊下があんまり大きい音が鳴ったからびくっとしてしまった。所々にある灯りがともり、ゆらめく。暗い影があんまり広過ぎて、どちらに行ったらいいか分からなくなる。何しろ城の奥なんて道を知らないんだ。来たことも無いし。
「ねぇ、道って──」
振り向いた時、ぽすっと何かやわらかいものにぶつかった。壁かと思ったけど固くないから壁じゃない。黒くてもふもふしてて、リボンがひらひらしてて、上を向いたら仮面を被ってる顔があって、イヤリングが──お洒落。
「…やぁ、君は」
「ひっ──きゃあああああああっ!!!」
開いた口から2本の歯が尖っていたのが見えた。から、吸血鬼だと思った。本当にいた。本当にいた。本当にいたんだ。吸血鬼。
「っ……びっ、くりしたぁ…僕の顔に何か付いてるかい?」
「ひっ、あっ、えっ、なっ、!?」
「化物に会ったみたいな反応だね、傷付くよ」
仮面で表情が隠れていたけど、なんとなく傷付いたように苦笑していた気がした。だから私はばくばくしていた心臓を抑えておいて、とりあえず謝ることにした。
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