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「春香ちゃん、もう帰ろう」
だからこそ、俺は終わらせなければならなかった。
確かに楽しかった。確かに暇じゃなかった。
だけど、俺が付き合えるのはここまでだ。
春香は、驚いたような悲しいような、複雑そうな顔をしていた。
少し間が開く。周りだけは喧しく鬱陶しい。ただ、俺と春香の二人だけが別世界のように静寂していた。
「……気づいてたんすね?」
「うん、まあ。まんまとやられたよ。だから今日はご褒美、というか勝者の特権だね」
「ちなみに、いつからっすか?」
「キミを車に乗せたくらいから」
『まず第一に、何時もなら携帯のメールの筈なのに直接来たこと。静に怪しまれないように直接会うのは避けていた。よって、メールでしか喋らない。もちろん登録欄には男の名前。これで見られても大丈夫なようにしている。
『そして第二に、熱すぎたトマトグラタンは春香が来るまでの時間稼ぎ』
『多分、静は俺が家に留まらせた事に成功したと思ったのだろう』
『そして春香にメール。春香は俺に「静は彼氏と遊園地に向かった」と教え、二人で遊園地に来る、という予定だった筈だ』
『俺が春香にぶつかった時、春香は「あれ? お兄さん、なんでここに?」と言った。家にいるはずの俺が外にいたからだ。慌てていた俺は「なんでトマトグラタンを持って外にいるのか」と解釈してしまった』
『つまり、それらを考えると……』
思考を中断し、春香と対峙する。
神妙な顔をしていた春香は、プハーと何かから解放されたように息を吐いた。
「えっと、じゃあ、私がこれから言うことも?」
「ううん、それは分かんない。過去なら勝手に推測するけど、それは春香の口から聞きたい」
春香は苦々しく笑顔を作った。俺が言外に、何となく解る、と言ったのを察したらしい。
春香は俯き、身を縮めた。少しだけ大きな息を吐く。
「悪趣味ですね……」
「まぁ、そう言われても仕方ない……かな。好きなだけ罵倒してくれ」
「っ、いいえ。言える訳ありませんよ。私も騙してましたし」
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