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そこで、刹那的な間があり、春香は声を出した。覚悟を決めた、凛々しい女性の顔だった。
「私と付き合ってください」
「――ごめんなさい」
容赦なく、躊躇いもなく、造作もなく、俺はそれを断った。
そう、朝思考放棄した、『何故春香からのメールが来なかったか』という奴だ。
何となく、気づいてたんだ。だから俺は、今日は春香に付き合った。
――金ではなく、愛を取った。たかがそれだけ。されどそれだけ。
春香の顔が泣きそうに歪む。しかし、目尻に浮かんだ涙を拭い、気丈にも持ち直した。
そして、すぐに笑顔を浮かべる。
「あはは。やっぱり……すか」
「うん、ごめん。無理なんだ」
「理由を聞いても……?」
窺うように上目遣いをしてきた。俺は頷いて、時計を見る。夕方間近。世界は既に、黒色が迫ってきていた。
少し周りを見渡すと目的の物を発見。春香に向き直り、それを指差す。
「あれ、乗ろっか」
世界がゆっくりと上昇していく。地上の人間はちっぽけになっていき、自分達の街が光輝く様が見える。
目的の物、観覧車に乗った俺達は、無音だった。気まずくもなく、気安くもなく。
先に静寂をきったのは、俺だった。少し暗い話をするから、明るくしようという試みだったのだが。
「デートの定番だよね。最後を観覧車で締めるって」
「自分……デート初めてだったんで、分かんないです」
「そっか……」
あっさりと崩れ落ちた。多分、余計な気遣いは無用だって事だろう。
外を見ると、夕日が半分くらい沈んでいた。既に観覧車は半分が終わり、今はちょうどてっぺんに来ている。
少しだけ、昔を思い出した。哀惜の念とともに、言葉が出てくる。
「俺にはさ、父親と父さんがいるんだ」
「………………」
「父親は、俺を生んで、育てて、本当に理想の父親だった。父親が死んでから出来た父さんは、正直好きになれなかった。俺には父親だけで充分だって、違う人間なんかじゃ代わりになれないって」
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