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私の住む町の少し離れた小高い丘の上に、一本の桜の木がある。
幼い頃から、嫌なことや悲しいことがある度に、私はその桜の木の下で独り膝を抱えて過ごしていた。
たった一人ぼっちで佇むその木が奏でる音が、私の心に優しく響き癒してくれる気がしたから。
実際に耳に聴こえる音ではないが、寂しくないよ、独りじゃないよと、風もないのに枝を揺らして伝えてくるのだ。
例え、音が出ていたとしても、聾者である私には聴くことは出来ないのだけれども。
大人になった今でも、時々あの桜の木に私は会いに行っている。
今ではもう、寂しいとか悲しいとか、そんな後ろ向きな気分じゃなくても、桜の木の所へ行くのは生活の一部のように自然なことになっている。
特に桜が見ごろになるこの時期は必ず毎年通っている。
もうすぐ、桜の花が咲く――。
ふと思ったのは、風が運んだ暖かな空気を吸い込んでからだ。
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