第零章

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 他人事の様に放った言葉に理性が途絶えた。男は全てを放棄し、狂気を手にいれる。  新たな力を宿す獣。それは野獣の様に駆け、野獣の様に殺意を撒いた。一つの獲物を確実に仕留め、一つの命を確実に喰らう。真紅に染まる赤い爪を凶器と見たて、彼の喉元に狂気を貫こうとした。  だが、表情一つ変えず身をひるがえし、触れる筈の攻撃をヒラリとかわした。人にすら触れることが叶わなかった野獣は素早く向きを反転させ、男と対立する。  嗚呼、そのメットの奥の顔が憎い。憎たらしくて、腹だたしくて――。  「なんなんだよお前はァァァァァァァ!」  野獣は咆哮と共に再び駆けだした。今度こそ殺す。今度こそ消す。殺す為、彼は跳んだ。男の元へと空を跳んだ。放たれた矢の様に接近し、目に捉えられない疾さで命を貫く。  それは喉へ、矢は喉へと迫る。  「俺が誰かだって? そんなもん決まってるさ」  迫る矢に対しボソリと返す。言葉は聞こえなかった。いや、聞こえなかった。  突如、骨を砕くけたたましい音が此処に轟いた。倉庫内では収まらず、世界中に広まったのではないかと思う程の轟音だ。  音が空間が制圧し終えた先には獣の顔に打ち込んだ男の拳が存在した。  長い間磁石のようにくっつく拳と顔。ふと、拳から獣の顔が離れた。ズルリと滑るかのように拳から離れ、穴と言う穴から溢れだす血液を被りながら静かに倒れ込んだ。  閑寂な戦場。男の拳から獣の血が滴る。血溜りと指から零れる滴が触れる音すら良く聞こえる。開いた拳を強く握り、今度は大きな声で姿を明かした。  「通りすがりの神様だよ」  聞けた者は誰もいなかった。
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