第一章

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 ◆  同時刻、同じく短針が九時を指した時、一人の青年が大きく音をたてて一つのどんぶりをカウンターに乗せた。ドンと言う音は店主の注目を見事に引き付け、割れ物注意と言うジト目で男は青年を見た。  「オッサン! おかわりだ!」  ここは所謂ラーメン屋だ。人気があるかどうかと言えば、無いに近く、幾ら新宿と言う都会とは言え、街道の裏側でひっそりやると言った商売繁盛とは無縁の、自己満足でおさまる小さなラーメン店だ。暖簾を潜れば、目の前に一列に長いカウンターに五人分しかない小さな椅子が均等に配置されていて、それと二つのテーブル席がカウンターの後ろに通路の邪魔にならないよう置かれている。カウンターの奥には湯気と共にラーメンの制作に励むオッサン――否、青年が言う程歳は取っていないように見える。叫んだ青年と同年代、いや、少し歳を取った感じだろうか。彼が言う年齢相応では無い男性が奥に一人居た。  「俺はオッサンじゃねぇ。どっから出てきたその言葉」  オッサンと呼ばれた男は長袖シャツに黒ズボンと言った着飾らないシンプルな格好の上に白いエプロン姿と言った料理店にしてはラフな格好をしていた。帽子は被らず、肩を覆う程の黒い長髪が何度も何度も料理の邪魔をする。ヘアゴムで纏めてあるが、少しも効果を生み出さない。切れば良いのにと思っても切らないのがきっと彼の拘りだろうか。さて、そんなお兄さんは持ち前の鋭い目つきでたった一人のお客を睨んだ。そのお客とは、今さっき「おかわり」と叫んだ青年ただ一人だ。此方は若い好青年だ。二十代なりたてだろう若い顔つきは店主自前の睨みをヘラヘラ笑いながら然程も気にしていない様子だ。  「俺達の中で一番の年配者だろい? だからオッサン」  「年配者つってもお前と四つぐらいしか変わらねぇ」
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