第一章

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 しっしっと追い払うように互いに手を払いあい青年と赤羽の距離が離れ、今度は赤羽とオッサンの距離が縮む。オーダーを聞き入れるとさっそく中華鍋に手をつけた。どうやら炒飯を頼んだらしい。赤羽は中華鍋を手にし、手際良く米を炒めている。その間青年は絡む相手が居なくなったからなのか、ずっとサラリーマン風の男に視線を向け続けていた。男は気付いていないのか、気に病む様子を見せず、前を見続けている。青年は眼球に男の姿を映し続けた。運動靴。スーツ。腰に付けられた鍵。そして手ぶら。一つ一つの情報源に不審に思う。  「……なぁ、赤羽」  「んだよ?」  赤羽は料理に集中しつつも、小さく応答だけする。手首を捻り、炒めている米を宙へと飛ばした。再び鍋に納まっては飛ばし、納まっては飛ばしを繰り返す。頃合と判断したか、調味料を手にしと中々の華麗な手際の良さを魅せつけてくれる。その手慣れた技巧に一つも関心を見せず、黙々と話を続ける。料理は、後は仕上げといった段階だ。  「あの人面白い格好してるな。運動靴だから会社帰りって訳でも無さそうだし、第一あの腰のホルダーについてる鍵ってバイクのキーだよな? 態々バイク使って出向く程の名物店って訳じゃないし。」  「……? お前は結局何が言いてぇんだ?」  炒飯をオッサンに渡しながらぼやく赤羽。  「いや、べっつに何でもないよん。それはともかく、俺ちょこっとそこ等辺歩いて消化に励んでくるよ」  安いステンレス製の椅子から立ち上がる。音をたてて一瞬不安定な状態を維持し、ガタンと音をたてて椅子は定位置に戻った。  「いや、それは構わねーけど先ず金払えよ。三百十円」  「三百十円?」  男は扉に手を掛けたまま沈黙を貫きとおす。催促する赤羽の手の平が空を掴みつつある。二人の沈黙が謎の均衡を生んでから数秒が経過した。男は向けていた背を赤羽に向け直す。  「ゴメン」  「いや、ゴメンじゃなくて金」  「Sorry」  「いや、Sorryじゃなくて金」  「だってバイク修理に出したばっかで金が無くてさ」  「んなもん知らん。金を出せ」
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