第一章

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 その時だ。大きな扉が閉まる音が二人の険悪な雰囲気を吹き飛ばした。お客が入ってきたのなら良いのだが、今回は何か違和感だ。違和感の正体が何かと男と赤羽で店内を見回す。店内にはサラリーマン風の男は見当たらず、あるのは何も盛られていない悲しい皿が一つ。ではここで問題です。最初に赤羽が一人、次に男が一人入り店内には二人います。その次にやつれたサラリーマンが一人入り合計三人。その次にサラリーマンが一人店内から出て行きました。さて、今ここの店には何人人が居るでしょうか?  「食い逃げだァァァァァァ!」  赤羽の怒声が見事に解答を導き出した。  ◆  時刻九時三十八分、ここ新宿駅近くにある一つの交番では奇妙な決まり文句から開始される一つのラジオ番組を傾聴している男が存在した。男は職に応じた服装はしているものの、気だるそうに着ている。サラリーマンがネクタイをほどく感じだろうか。だが、だらしないと思いきや顔立ちからはその性格はとても予想が付かない。細くキリッとした眼に、それに倣うかのような眉、細長い鼻、綺麗な唇。それらのパーツが無駄なく綺麗に顔に当て嵌められ、ショートの黒髪、真面目な青年である。赤羽と同じ二十代前半といったところだろうか。  『ところで高野さんは最近流行りの噂を耳にした事がありますか?』  仕事が無いのか、やる事が無いのか、サボっているのか、はたまた別の理由なのか、通りすがりに交番の様子を窺う一般人の悩みなど気にも留める様子もなく、机の上で楽しそうにラジオを聞いている警官。イヤホンをしている訳でもなく、駄々漏れの大音量でのトーキング番組を聞いている男からは、決して仕事をしているかのようには見えない。て言うかしてない。通りすがった人たちは仕事しろよとでも思っているのだろう。  『あ、もしかしてアレですか? 今流行りの何でも願いを叶えてくれるっていう通称神様のことですか?』  声からして語っているのは男性だ。次に男の相槌を打つ声は高野さんと呼ばれた女性の物だ。女性はラジオ越しから伝わる意気揚々とした明るい声が聞こえてくる。  『確かに流行してる噂の一つですね。余りそういうのは関心なさそうに見えますが、高野さんも噂については中々詳しい方なんですか?』
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