第一章

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◆  時刻九時四十分。全ての授業を終え、燕は塾からの帰路を辿っていた。沢山の人々が過り、沢山の建物が街道を照らす。だと言うのにそれに反して憂鬱そうで哀愁漂う背中は少なからず同情してしまう。ここまで別の意味で浮いているのは彼女くらいである。彼女は一体どうしたというのだろうか。良く見ると彼女はメールを見ているようだ。その文章を読み、また小さく溜息を吐いた。どうやら彼女の母親から来たメールの様だ。  『塾の成績が落ちたのね? 先生から聞いたわ。話があるからすぐ帰ってくるように』  黒い折り畳み式の携帯電話の画面に映るこの文章を再び眼を通すと彼女は大きな溜息を零した。何故、溜息を吐くのかは分からないが、彼女にとってはそれほど深い理由が存在し、何かが嫌になる枷がつけられているに違いない。それが重く動きづらく、何もかも嫌になる溜息を吐く原因なのだ。  「帰りたくないな」  大衆のガヤがその囁きを飲み込む。何度も何度も携帯の文章を読みなおす度に彼女の足取りが遅くなる。小さく唇を噛締めると、彼女はその小さな指を小さく動かし、その忌まわしき手紙をフォルダから消し去った。その行動には、彼女の決意が込められている。まるで束縛から解放されたかの、そんな気持ちを心の片隅に得た気分だった。そんな感情に浸っていると、画面が別の物に切り替わる。メールを新しく受信したみたいだ。誰からだろうと携帯を操作し、メールを開くと送信者は如月からだった。その携帯のキーで操作し、メール内容をゆっくりと通していく。立ち止まってから数秒経ち、文面最後の言葉に彼女は眼を見開いた。  「これって……」  画面を数秒、何か思い悩んだ表情で見続ける。十秒、一分、彼女にとっては短いだろうこの時間を利用し、一つの決断について深く考えていた。  「別に、良いよね」
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