第一章

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 何かを切り捨てたかのように、小さな感情は止めていた指を素早く動かした。右へ左と動く親指は長い間働き続ける。何をしているのかは分からない。だが、何かしているのは確か。一通りの作業を終えると、彼女は携帯を畳んだ。どうやら終わったみたいだ。このまま携帯を仕舞おうと思った矢先、彼女の横を凄い勢いで走り抜ける男が居た。  「きゃ!」  軽く肩がぶつかり、小さな悲鳴と共によろける小さな少女。何事かと思い、通り過ぎた男を見ようと不安定なその体で振り返る。そこには中年のサラリーマンの格好したおじさんが慌しい背中を見せながら、この街道を走る姿だった。何事だろうかと、黙視していると今度は後ろから大きな声が聞こえた。  「あぁ! 俺がそこまで持ってくから本条はそこで待機しててくれ! 多分五分ぐらいにはそこ着くと思う!」  会話の内容から電話でもしているのだろうか。燕は、今度は誰だと逆に大きく振りかえると、そこには携帯片手に走りながら何かを追いかける癖毛が目立つ青年が駆けていた。彼女は携帯を仕舞うのを忘れ、茫然と彼の走る姿を見ていると、なにやら此方へと凄い勢いで近づいてきていることに気付く。このままではぶつかる。だが、走っている本人は会話に夢中なのか此方に気付いていない。燕はぶつかると慌てふためいていると、予想された出来ごとが起きた。  「うわっ!」  正面堂々と燕の小さな体と携帯片手に走る青年がぶつかり、二人一緒に道を転げまわる。それと同時に彼女の携帯と彼の携帯が派手に転がり落ちた。人々はなんだなんだと二人に近寄るが、大した事故でも無いと気付いたのか早々と手早く去ってしまった。どちらも大した怪我では無そうだ。青年は「ててて……」と言葉を漏らし、頭を押さえながら起き上る。薄く眼を開くと、そこには同様に頭を押さえている燕の姿が青年の眼に映った。ほんの数秒の記憶と照らし合わせ彼は現状を理解する。慌てて少女の元へと寄り、具合を窺った。  「御免! 余所見してて気が付かなかったよ。怪我はないか?」
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