第一章

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 当然存在しない物を利用する事は出来ず、情けなくも彼は足を使って逃走をしなければならなくなったのだ。それと、彼にはもう一つの問題が存在した。それは、何時までも自分の事を追尾し続ける、背後に存在する青年の事だ。途中で諦めるかと思いきや、中々振りきれないし、諦めない。半永久的に追いかける彼の存在は計画には無い異常その物なのだ。急に後ろから姿を消したから諦めたかと思いきや、足音が已む事が無いので未だに追いかけ続けているのは確かであり、休んでいる場合ではない。多少の距離が出来ただけで振り切った訳ではない。  右へ曲がり、左に曲がり、真直ぐ進み、これでどうだと言わんばかりに右往左往と縦横無尽に駆け巡る。男が交差点を右に曲がった時、自分の体が大きく揺れると同時に、凄い勢いで視界が空へと向いた。誰かとぶつかった衝撃で、ものの見事にひっくり返ってしまったのだ。慌てて立ち上がり、視界を定位置に戻す。そこには当然彼と衝突した人物が存在している。つま先から顔まで瞳孔を運び、その姿を瞳にうつす。  その人物は雨でも無いのに黒いレインコートを着ており、全身を黒で身にまとっていた。男は青年に追われている事を思い出すと、謝罪も入れずその横を走り抜けた。その後ろ姿を傍観するレインコートの人物。携帯を打つような素振りを見せ、長い間カチカチと押し続ける。  「なーんだぁ……来てないやぁ」  舌打ちをし、携帯を畳もうとする。その瞬間、携帯から流れる無機質な小さなSEが彼の指を止めて見せた。畳むのをやめ、再びカチカチと携帯を操作する。指を止めると、彼はフードの中で小さな笑顔を暗闇に浮かべた。
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