第二章

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 午後十時三十二分。彼女は再び溜息を吐いた。今日、これで何度目だと律儀に数える奴は存在せず、それでも少なくとも今月分の幸せは程無く逃げて行ったに違いない。さて、そんな憂鬱少女、燕の現在地は何処だろうか言わねばならない。何故なら彼女が今ここで座っている場所は電車の席でも家のベッドの上でも無い。先ずこの風通りの良さから言って室内では無い事は間違いない。そして次に彼女の近くには轟々と派手な音を鳴らしながら水しぶきをあげる滝の様な物がある。いや、そこの名物が滝とつくだけであって、実際はそれほどたいしたものではない。さて、そろそろ答えを言うと、彼女は今、新宿中央公園と呼ばれる場所に居る。そしてその公園の観光スポットの一つ、新宿白糸の滝と呼ばれるこの近くで、彼女は適当な石段の上で腰を下ろしていた。何故彼女がここにいるのか、何故彼女がここに来たのか。幾つもの理由は彼女にしか分からない。彼女は何かする訳でもなく、唯茫然と星空を見上げていた。  「綺麗だなぁ」  右腕を空へと伸ばし、無数の星を手の平で被せる。ゆっくりと指を集め、握り拳をつくる。何かを掴むかのように何度も何度も彼女の手は開いては閉じ、開いては閉じを繰り返した。彼女の求める光は掴める訳もなく、彼女の望む星が握れる訳もなく、悲しくも彼女の手は夜を泳ぐ。それがやたら悲しくなり、それがやたら切なくなり、小さな握り拳には悲哀しか感じられない。  何かをしようとはせず、唯茫然と空を見上げていた。  「おじょーさんおじょーさん」  夜空すら見えなくなる闇が彼女の瞳に覆いかぶさる。真っ暗な視界に動揺し、アタフタと落ち着きを無くす。どうしようとどうしようと苦しんでいる。だが、暫くすると誰かが手で覆いかぶせていると気付き、「だ、誰ですか?」と恐る恐る聞き返した。  急に闇が晴れ、視界が良好になる。そこで初めて彼の存在に気付き、初めて彼の顔を認識した。その顔は見覚えがあり、ほんの少し前に出会った人物と気付くに時間は要らなかった。  「あ、さっきのお兄さん」 
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