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「江戸っておま…っ! 江戸村とかじゃなくて!? マジもんの江戸!?」
さっきの比にならない程パニックになったオレは、思わずガシッと玄さんの襟を無遠慮に鷲掴む。
驚いている玄さんには悪いが、オレは本気だ。本気でパニクっている。
だって目が覚めたら江戸に居ましたとか、普通だったら絶対に有り得ないじゃないか。
いつもだったら「なにコイツ電波?」で脳内完結するんだが、教科書や博物館でしか見ないような古い道具たちと、家の内観。目の前にいる着物の男。そしてなにより外の景色。
ここが江戸だという証明になるものが、わんさかと視界に入るのだ。
嘘だと言ってくれ、玄さん! ただの誘拐とかならこの際許すから!
「江戸村…江戸村ねぇ…そんな所は聞いたことないなァ。何処か別の場所と勘違いしてねェかい?」
ああ…どうやら真剣に考えてくれているらしいその顔に、実はドッキリでしたー! みたいなオチは望めそうもない。
はぁ、と溜め息を吐いて、襟から手を離す。何故に江戸…。そして何故にオレ…。
「すんません、気にしないでください…」
「ふうん、そうかい。なら気にしねェけど」
ずぅぅんと暗い影を背負っているであろうオレに肩を竦め、玄さんはさっき荷物を下ろした場所に戻っていった。
それを目で追っていくと、胡座をかいた玄さんのその側に、見覚えのある黒い鞄がちょこんと鎮座していた。
なんかこの部屋と雰囲気が合わない鞄だな…。
「ってそれオレの!」
「ん? あぁ、これな。アンタの側に落ちてたから、アンタのもんだろうと思って持ってきちまったのさ。これ、旭ってアンタの名前だろう?」
そう言って玄さんは、鞄の隅に黒いペンで細く小さく書かれた「野々村旭」を指差す。
高校の入学式前に母さんがこっそり書いたものだ。まったく高二にもなって恥ずかしい。
でもこれで、玄さんがオレの名前を知っていた理由は解明された。良かったやら悪かったやら。
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