第四章 襲い来る堕天使の翅

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  それから約一分程が経過して、再び魔導技研から通信が届く。 「……まさか。貴方が人間達の味方をしていたとは、驚きましたよ」  最初に聴こえてきたのは、中性的な響きの高く澄んだ何者かの声。 「ピョス?(誰?)」と母国語で言葉を漏らし、キルケは怪訝そうな表情を浮かべたまま、流れてくる音声に耳を澄ませる。 「……これも此処の人間達と交わした契約の≪対価≫なのデネ。悪く思わないでくれタマエ。パイモン君」  先の声に続き、マダの核について解説した者の声が流れる。 聞き覚えの無い名称。魔導技研の方で何か起きた様だ。 訝るキルケの耳を裂く様に鋭い衝撃音が響き、思わず彼女は通信機から顔を離した。 何者かの攻撃を受けたのか、解説者の声に苦し気な吐息が混ざり始める。 「それにしてモ……驚いているのは私も同じだヨ。君がまだ……ルシフェルの解放に拘っていたとは、ネ」 「人間達に味方をし、現(うつつ)を抜かしている貴方には理解出来ない事柄ですよ。マルバス殿……」 「私の興味が工芸や科学に傾いている事位、君も知っているだロウ……? 堕天使の翅(フォーリン・エンジェルズ・フェザー)と、でも言ったかナ。君らの語る理想も、割と下らない物ダネ」 「そうですか。残念ですよ。嘗て私を配下に置いていた貴方なら、少しでも関心を寄せてくれると期待していたのですが……」  マルバスと呼ばれた解説者、その口から語られた者の名前を訊いて、キルケも息を呑んで両者のやり取りを聴き続ける。 ルシフェルの名前は、創作された物語や神話、伝承の中でしか聞いた事がない。 実在する存在かどうかも碌(ろく)に分からない者について議論する両者へ、彼女は不信感を露にした。 「君がルシフェルの腹心である事は……最初から承知していた事ダヨ。それに彼を解放して、どうするつもりカネ? 神々の寵愛を受けた人間へ、再び罰を与えようとデモ?」  冷たく語られたパイモンの言葉へ、マルバスは歯軋りの様に耳障りな音を立てて嘲笑う。 その直後に再び耳を裂く衝撃音が操縦席の中に響き、それに紛れてマルバスの低い断末魔がキルケの耳に届いた。 「ぐぎゃア」  臓物を撒き散らす様な不快な音を立て、マルバスの声は完全に沈黙した。 絶命したと思われる彼へ、パイモンは冷たく澄んだ声で罵倒の言葉を吐き捨てた。 「さようなら、下卑た魔人よ」  これを最期に魔導技研からの通信は切れ、操縦席の中は沈黙に包まれる。  
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