第四章 襲い来る堕天使の翅

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  「そうか……お前は“不和の侯爵”だったのか。先代を殺し、その名を奪った破壊者めが……」  左腕の拘束を解こうと足掻き続ける女性魔人を見下ろし、アンドラスは少女の前から離れて≪術式≫を組み、左腕から片刃の黒い剣を精製し、敵の首に狙いを定める。 「無茶ですよ! その怪我で……!」 「生命維持に支障は無い。主人は此処で待て」  心配から強い口調で訴え掛ける少女の方を振り向く事も無く、アンドラスは精製した黒い剣を左手に持ち構え、敵の懐へ飛び込んでいく。 唯一の武器であるシャムシールを取り落とした相手に、此方の攻撃を防ぐ手立ては無い。 的確に首を切り落とし、この戦いを終結させる。  黒刃の剣を振り上げ、相手の間合いへと踏み込んだアンドラスの視界に、黒い燕尾服を着た老人の姿が映る。 「……貴様は」  女性魔人も老人の気配に気付き、視線を背後に向ける。 ≪堕天使の翅≫の中心人物にして、パイモンが“同志”と呼んでいる人間の男だ。 その彼が“持ち場”を離れ、この場所に姿を見せている。 ……という事は、既に我々の目的も果たされたと見て間違いは無いだろう。 アンドラスが振るう黒刃の剣を身体を逸らして躱し、女性魔人は左腕を庇いつつ敵から距離を取る。 「あの人は?」  アンドラスの動向を見守っていたマリアも、燕尾服の老人に気付き、手にした風のボウガンを向けて、相手の動きをじっと観察し始める。  念仏の様に抑揚の無い声を発する老人の体から、高濃度の魔力エネルギーを感じ取り、マリアは息を呑み風のボウガンを構え直し弓の弦を引いて、射線を老人の体に合わせた。 外見的に見れば、あの老人も普通の人間と変わらない。 ……だが、彼が発している魔力エネルギーはとても異質な物だった。 マリア自身と同化した秘宝から発せられる魔力エネルギー……老人の力もそれとよく似ている。 「そうはさせない!!」  ≪詠唱≫を終えて敵を追うアンドラスを凝視する老人を睨み、マリアはボウガンの引き金に指を掛けて白い風の矢を撃ち放った。  乾いた炸裂音と共に飛来してくる白い矢を一瞥し、老人は視線をアンドラスへ向け直す。 取るに足らない些細な事。とでも言いたげな態度を見せる老人の前で、白い風の矢は形状を崩し、そのまま他の空気と混ざり合って消滅していく。  
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