第四章 襲い来る堕天使の翅

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  「風の矢が効かない……?」  老人の身体に突き刺さる事無く消失した風の矢を見て、マリアは驚きの声を漏らし相手の顔を見る。 白い矢を撃ち込まれた事にさえ関心を寄せず、老人はずっとアンドラスの姿を目で追っていた。  片腕を封じられた女性魔人の反撃を往なし、黒刃の剣を片手で操り徐々に敵を追い詰めていく彼に向け、老人は高濃度の魔力エネルギーを自身の両目に集める。 「離れろ、ナナサギ」  老人の嗄れた声が耳に届き、ナナサギと呼ばれた女性魔人は、剣を振り上げたアンドラスの隙を突き、彼の下腹部を蹴って、その場から後方に向かって飛び退く。 「……クッ」  ほんの僅かな隙を突いた魔人の反撃を受け、怯むアンドラスの身体に魔力エネルギーに因る強い障気が伝わり、彼は側面に立つ老人へ視線を向けた。 「──テラー・ウェイブ」  老人の両眼が金色に発光し、其処から溢れ出た魔力エネルギーの奔流が、アンドラスに向かって迫ってくる。 無色透明。肉眼では先ず捉えきれない高濃度の魔力エネルギーに依って形成された巨大な波。 五体満足の状態であれども、これ程迄の魔力エネルギーを受け止める事は出来ないだろう。  アスファルトの上を滑り、猛烈な速度で襲い来る魔力の津波を回避する為、アンドラスは二対のマフラーを広げ、右足を使って地面を蹴り彼の身体は空へと舞い上がる。 「ぐ……」  伸ばした右の踝(くるぶし)が魔力の波に捕らわれ、高濃度の魔力エネルギーを受けて粉々に分解されていく。 波状に広がる奔流は彼の後方にあった特殊合金製の鉄柵や装甲車両をも飲み込み、それらの外装を軽々と吹き飛ばして空気中に消えていった。 「……何て攻撃なの」  マリアも老人の放った魔力の奔流に目を奪われ、それが消えた後も破壊された鉄柵や、攻撃を受けたアンドラスの姿を凝視し続けていた。 数十分前に紫髪の女性魔人が見せた≪魔力の暴風≫……燕尾服の老人が放った魔力の奔流も、それに匹敵する程の威力を持っていた。 普通の人間がこれ程の魔術を使えるなんて……。 「何を怖じ気ついている?」  口元を手で覆い隠す彼女の元へ、両足を失ったアンドラスが舞い降りてくる。 地面の上へ腰を下ろし、彼は不思議そうな面持ちになってマリアの顔を見上げた。 「……え、あ、敵は?」 「逃げられた。老人が魔力エネルギーの奔流を放った瞬間。この場所から二人の反応が消えている」  
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