第四章 襲い来る堕天使の翅

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  まさか延滞金のつもりか。まだ半日と経っていない内から利子を付けて支払えと、あの男はそう言っているのか? そう思うと、段々むかっ腹が立ってくる。 用紙をデスクに叩き付け、キルケは身体を震わせて怒りの声を発した。 「ふざけんな! このアパテオナス(詐欺師)!! 訴えてやる!!」 …◇…◇…◆… 「──ナナサギよ。随分と不愉快そうな顔をしているな」  此方の世界とは隔絶された異空間。暗闇と白色の床が支配する一室にて、身に受けた傷を魔界蟲に治癒させている一つ眼の魔人が、紫髪の女性魔人の名を呼んだ。 彼女も鞘に納めた半月刀(シャムシール)を握り締めて座禅を組み、鋭く一つ眼の魔人を睨み付ける。 「訊く所に依ると御前と交戦した魔人も、嘗てイスラエルの王に遣えた一族の末裔であるそうだな」  嬉々とした表情を浮かべ、腋に付着している蛭の様な魔界蟲を撫で、一つ眼の魔人は紫髪の魔人……ナナサギから眼を離さず、じっと彼女の顔を覗き込んだ。 人間達の前線基地にて交戦した魔人の情報は、老人を介して彼の耳にも入っている。 半ばうんざりした様に溜め息を吐くと、ナナサギは老人が回収してくれたシャムシールを脇に置いて、軽く首を振り一つ眼に向けて口を開いた。 「……いいや。違う。俺が戦った魔人は、素性も知らない只の馬の骨さ」  対決した相手を罵倒する様な口調に疑問を抱き、一つ眼の魔人は口角を下げて、ナナサギの態度から相手の正体について模索してみる。 老人から訊いた話では、ナナサギと交戦した者の名前は「アンドラス」と言い、古代イスラエルの王……ソロモンに遣えた七十二柱の魔神達の一柱である。  不思議な事にその魔神の名を継ぐ者の存在を、ナナサギは認めようとはしていない。 一つ眼が疑問を抱く中、ナナサギは座禅を組んだまま鋭い目で相手の顔を睨み、彼女が戦ったという魔人の話から、無理矢理論点をすり替えさせた。 「……パイモンと“彼の同志”はどうしている? この空間へ戻ってから姿を見せていない様だが」  彼女に話題を変えられ詮索の意思を捨て、一つ眼も腕を組み、胡座をかいてナナサギの疑問に答えた。 「二人なら最下獄へと向かわれた。偉大にして尊厳たる王との対談の為にな」  一つ眼の言葉を受けて疑問も解け、ナナサギも相槌を打って瞳を閉じ、息を吐いて瞑想に入る。 これ以上、一つ眼と話す事も無い。  
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