第四章 襲い来る堕天使の翅

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  彼もナナサギと同じく黙ったまま胡座をかき、魔界蟲に自身の傷を癒させている。  人間達や彼等に協力する悪魔達の力量も、多少なりと解析する事は出来た。 次こそはあの黒づくめの魔人も、仕留め損ねた人間達も纏めて切り刻んでくれる。 シャムシールの鞘に触れ、ナナサギは次の争いに向けて微かに士気を奮わせていた。 …◇…◇…◆…  深淵。ごく僅かな光が地の底を照らしている空間の中。 金色のカンテラを片手に携え、黒い燕尾服を着た老人と白いトレンチコートを着た中性的な顔を持つ魔人は、深淵の中に見える巨大な地獄門の前へと足を進める。  群青色の外壁と同化する様に配置された門へ触れ、燕尾服の老人と白いコートの魔人は揃って、左右の扉へ五芒星の陣形を逆さまに描いた。 それに続き二人は門と面を合わせたまま、魔界言語で地獄主への讃美歌を唄い始める。  約十分にも渡る歌が終わり、全長約二十メートルの巨大な地獄門は音も無く開放された。 老人と魔人は暗黒の中へ最敬礼を行い、門の向こうに進み最下獄へと辿り着く。 「……突然の非礼。御詫び申し上げます」  恭しく暗闇の向こうへ挨拶と謝罪の言葉を述べ、白いコートの魔人は歓喜の表情を見せた。 老人も彼の様子を流し目で覗き、穏やかな面持ちのまま暗闇の中を見つめる。 魔人の声に反応してか暗闇の向こうで、高所から何かが墜落する大きな物音を立て、鮮血の様に紅い目玉が二つ深淵の中に浮上し、眼下に立つ二人の姿を見据えた。 「崇敬する我が尊厳たる王へ一つ吉報が御座います。人間共の手に落ちた魔導原書。我等はその奪還に成功致しました」  短く魔導の≪詠唱≫を唱え、右手の上へ色褪せた魔導書を出現させて、老人はそれを深淵の中へ献上する。 彼の手に収まっていた魔導書も宙に浮き、深淵の中へ吸い込まれる様に消え失せていく。 暗闇に浮かぶ二つの紅い目玉も視線を二人から離して、暫く真下を覗いた後、再び二人の方へと向き直る。 「……御苦労であった。私の忠実なる臣下、パイモン。そして私の目に敵う人間の執行者、東藤仁彦よ」  深淵を揺るがす程に異質な音声が最下獄に響き渡り、燕尾服を着た老人……東藤も溢れる畏れの表情を強引に圧し殺し、身震いした身体を静める為に、小さな声で精神安定の呪法を唱え始める。 地獄の最下層へ墜ち、悪魔大王の尊号を得た彼が放つ“力”は、他の魔神の物とは比べ物にならない。  
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