第四章 襲い来る堕天使の翅

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  現在、ドイツに滞在している両親に宛てた封筒に目を向けながら、彼女は手にした黒の万年筆を走らせる。  マリアを救う鍵であった魔導原書の強奪。九年前のあの日に倒した仇敵、葛原怜司の復活。 それらを一つ一つ、一字一句余す事無く半紙に書き写したナオの手が止まり、彼女は両目を細めて、ドレスの上から自身の左胸に手を触れた。  傷口がまだ疼く。サブナックの処置のお蔭で、彼女の負傷も全て完治しているのだが……。 「この痛みも罪の意識から来る物、かしら……?」  冷たく息を吐き、ナオは青黒く染められた天井に向けて顔を上げた。 月を模した照明器具が優しく輝き、その周りに点いた星空の様に小さな光が彼女の視界に飛び込んでくる。 「彼女を救う為なら──私は何の様な罰でも甘んじて御受け致します。償いを終えるその時まで、彼女と共に同じ路を歩ませて戴けますか?」  ナオは祈る様に瞳を閉じて両手を組み、涙声で小さくそう呟いた。 本来ならば……両親の生命を奪い、マリア自身にも酷な運命を背負わせた自分自身に、彼女と同じ世界で生きる資格は無い。 そうと分かっていても、ナオは只、誰にでもなく祈りの声を発するしかなかった。 「御父様やマリアに、この様な醜態をお見せする訳には参りませんわね。五稜家の為来たり(しきたり)にも反する、行いでしたわ……」  自身の弱さを受け止め、ビビッドピンクの瞳に溜めた涙をそっと指で拭うと、彼女はライトスタンドの電源を切り、月の照明を常夜灯に変えて席を離れ、自身のベッドに潜り込み、額に手の甲を当てながら静かに両目を閉じた。 「おやすみなさい。弱気に震える私の心──」  微かな声で呟いた後、彼女は静かに寝息を立てる。 天井に見える色とりどりの人工の星達が彼女の頭上で、音も無く静かに煌めいていた。  
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