第1章 奇劇の黒い影

6/18
前へ
/210ページ
次へ
「平和主義も度を越すとただの狂言だろう?争いは必要だ。競争がなければ、進歩など有り得ない。自身の立場と有為を保持する為に、策略を展開する――それを怠った瞬間から、人は後退して行くんだ。普通過ぎることは普通ではないんだよ。何事も、程々が良い」 「……僕は、その『程々』って奴のつもりですけどね」 勿論のこと純度嘘百パーセント。 流石に強がってみたけれど、僕には格好を気にするような陳腐な美意識は既に無い……でもないので、今こうやって虚勢を虚言と評しているわけですが。 僕の見解や思想や言動には根元のところで、いつも曖昧に靄がかかっているから、これといった後ろ盾もなく、苦言を訂されたところで――正論で否定されたところで、それこそ根底から崩れることはない。 要は保険だ。 或は――保身。 僕は、臆病だからね。 所詮は苦し紛れの言い逃れである事には違いない。確実な逃げ場の無い現実で外堀を固められる前に、こんな気持ちの悪い会話は、できれば早々に切り上げたいところだ。 こんな。 ぐちゃぐちゃな。 気味の悪い。会話は。 「……ふふ、君がそう言うなら、きっとそれはそうなのだろうね。よしんば違っていたとしても、思い込んでしまえばそれまでか。パーソナルリアリティの押し付けは良くないからね、悪かった」 オッサンのたわ言と思って、聞き流してくれて構わないよ。 彼は、まるで僕の返答を咀嚼し楽しむように、再度方向性の見えない不愉快を押し付けるような表情で、そう言った。
/210ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加