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「……そうかい…」
背広を身に纏い、夜風に靡く癖毛仕様の茶髪から覗く、何処までも紅い――血のように朱い瞳で僕を見据え、彼は笑う。
それは本来、その表情が帯びている筈の意味が抜け落ちているような軽薄な笑みで、意図を頑なに悟らせない、不安感を誘発する表情だった。
探りを入れようとして、中断する。
今までの体験から、この類の人間に対して何かしらの理解を図ること自体が、無意味の極みなのだという教訓を思い出したから。
経験し尽くしてきた、事だから。
「そうだね、それが日常を生き抜く上で、最も有効な偽装手段だ。君は、普通だね。実に賢く、懸命な判断だとは思うよ。けれど、しかしあまりにも――」
普通過ぎる――と、そう言う。
まだ名も知らぬ人物から人間性を指摘されるる筋合いはないと割り切れば、何て事は無かったのだけれど、何故か生真面目に背負う事になってしまった。
以外と重かった。
「普通過ぎて、逆にそうで無くなる。凡過ぎるという意味では無く、本来物事の平均化されたラインを指し示すその言葉も、度を越すと平凡という訳ではなくなるんだよ。君がそれをどう捉えているか知らないし聞かないけれど、『普通』とは、影響しないことだ。影響を与えず、影響を受けず、影響をさせず、影響されないこと――それが、僕の持論だよ」
微笑を浮かべながら、精神論めいた台詞を言い終えて――いつの間にか腰掛けているベンチで足を組み直す。
うん、つまり僕が異常者だとでも言いたいのだろうか名誉棄損で訴えんぞこの野郎。
「………はあ」
面倒な展開が大口開けて待ってるような気がする。下校って結構疲れるから、本来なら、訳のわからん背広男の雑談に耳を貸す必要は微塵もないのだけれど。
でも帰って特にする事も無い。放課後にはクラスメートと教室で喋るくらいしか暇潰しの方法を獲得していない典型的な暇人であるところの僕は、結局その場の空気を尊重し、彼と会話を続ける事にした。
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